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海がほどける場所

by ヤー子

「ヤー子さんのブログ、『ほどける海』って、こんなイメージなんです。」

イメージは既に持っていたけれど、そう言って見せてくれた本にはこんなことが書かれていた。

既知と未知。一見矛盾するような相反するコントラストの間を、振り子のように幾度となく行き来する。

その移ろいの中にこそ、新たな気づき、発想、創造が生じる。

海と陸を両方感じさせる「波打ち際」に特有の生物相が生じるように。

そこに単なる足し算ではない、複雑な結果、偶然、芳醇な価値が生まれる。

必ずしも心地良いものだけではない。

でも新たなものは波打ち際で生まれるのだ。

引用元:「わびさびを読み解く」 レナード・コーレン著

一番最初に頭に浮かんだのは「波打ち際で海にも陸にも行けずにバタバタ足掻いている生物」の姿だった。

その生物は仕事も家のことも中途半端で、どちらにも行けないと悩んでいた過去の自分と重なった。

ちょうどその頃「輝く女性」という言葉をよく耳にするようになり、違和感を感じていたことも思い出した。

もっと、他に言葉があればいいなと思ったことも。

女性と一くくりにしても、皆違うから。

性質や能力も体力も環境もみんな違う。

親が歩いた道を同じように歩きたいと言う人もいるだろう。

守るものがあるから、動かないことを決めた人もいるだろう。

道を切り拓くことでしか守れなかった、選択肢がなかった人だっているだろう。

「これが素晴らしい道です、歩き方です」と誰かに決められているような印象があの言葉にはあった。

同年代の女友達や、年上の女性のお客様とも話したら、同じように「輝く女性」という言葉に違和感を感じるという声も少なからずあったので、私だけが感じるものではなかったようだった。

祖母の世代よりもはるか前から「女性とは」と、一つの価値観に縛られて苦しんできたはずなのに、言葉を変えてまた一つの価値観があてがわれそうなこの流れが、古い世界と新しい世界の狭間のような今、少し向きが変わったらいいなと願う。

他者の選択という権利に寛容で、風通しの良い世界に。

今は幼いチビ娘たちが進むところがもっと明るい場所であればいいなと。

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