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いつかふるさとになる

by ヤー子

地方では通常行列になるほどのスタバでさえ、あっさり潰れてしまった、多分日本で唯一の町、福岡県北九州市の八幡西区。

福岡市の人だって恐れる北九州第二の町。

「この土地で商売できたら、他に行っても絶対通用しますよ」とは、とある東京帰りの切れ者の談。

修羅の国の修羅の町。

その八幡西区でずっと生き残り、今なおお客で賑わう市場がある。

その名もマルゼンストア、通称マルゼン。

今や40代だが、アラサーのフリープログラマー時代の自転車通勤途中、ノーブレーキのおばあちゃんの車に撥ねられてしまい、仕事先から一番近くて一番遅くまで開いてる整骨院に通い始めてその存在に気づいた。

最初は「なんだこのよその姉ちゃんは?」と思われていたような気もしないでもないが、あまりそういうのは気にしない。

それまでも割とどこでもマイノリティで過ごしていたからかもしれない。

食材が安く新鮮なだけではなく、調理も簡単で済むものが多くて、お店の人たちが「これは胡麻和え」「オリーブオイルを使ってフライパンで焼いたらいい」とアドバイスもくれる。

通常数千円、高級魚である甘鯛の一夜干しが数百円なんて時もあるし、同じく高級魚アラカブの一夜干しだって。なぜ!!

北九州の食って本当にすごい。本当に。

初めてマルゼンに行ってから、その後子供が一人目、二人目と生まれて家族構成が変わっても、その新鮮さと安さと食材の豊富さで、我が家の胃袋を掴んで離さないマルゼン。

「よその姉ちゃん」だった私もすっかり「パソコンをしているらしい、一夜干しとイカ刺しと丸天好きの子連れ中年女性客」という位置付けとして馴染んでいった。

生まれた時からマルゼンに通う我が子たちに、マルゼンの住民たちは優しい。

いや、北九州の大人たち全般に言えることだろうか?

例えばバス停のバス待ち、スーパのレジの順番待ちの時間、ヒョウ柄の何かを着てパンチパーマ風のマダムも、眉毛がタトゥー風で昔やんちゃしてたのかな?というマダムも、子供たちと目が合ったら微笑む。

微笑んで、時には中年新米ママに労いの言葉をかけてくれる。

どこか、私が育った町に似ているのだ、ここは。

三十年以上前に過ごした町と。

町工場や小さな商店が立ち並んでいたあの大阪の下町と。

違うことは「多く語らない」ことかもしれない。

マルゼンのかまぼこ屋のおばちゃんは、いつもまけてくれているのに、そのことには触れないでぶっきらぼうに「百三十円だよ」と値段しか言わないし、魚屋さんでは黙ってお釣りを多くくれることも。

人の痛みや傷をそっとしてくれる、口に出さない気遣いだってある。

我がふるさとの住人は、もっと早口でたくさんの言葉を口にしていたから、そこが大きな違いかもしれない。

少し寡黙で人情あるこのマルゼンとこの町の人たちに何か私ができることといえば、伝えることぐらいだろう。

こんな人たちが、この町をつくっているんですよと。

私の第二のふるさと、そしてチビたちのふるさとのことを。

チビたちにも伝えたい。

君たちの子供時代、優しくしてくれた人たちがいたんだよって。

物を買う場所だったけど、それだけじゃなかったからねと。

チビたちが何かこの先躓くことがあっても、この土地を離れても、自分は色々な人に大事にされたことがあったと分かるように。

その記憶が彼女たちを温めてくれることがあるように。

果物屋のおじさんからもらったとっておきのミカンを握るチビ2。

水槽に大興奮のチビ1。

居着いてしまったアオサギ。

居心地いいよね。

マルゼンストアはこちら

photo by Masahiro

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